公園のベンチに座っていると、どこかで小鳥が鳴いています。
ピーツピ、ピーツピ。

おそらく、あなたは今まで一度も気に留めたことがないでしょう。ですが、この鳴き声には、はっきりとした意味があります。しかも、単語をつなげて、文章まで作っている──日本の研究者が20年以上の観察と実験によって、科学的に証明したことです。
主役は、あなたの家の近くにいるシジュウカラ。この記事では、京都大学から東京大学へと拠点を移した鈴木俊貴博士の研究をもとに、「鳥の言葉」が解読された過程を、3つの決定的な実験とともに紹介します。
主役の紹介──シジュウカラという鳥
シジュウカラはスズメくらいの大きさ。白い頬に、胸から腹にかけて黒いネクタイのような線が入っています。北海道から九州まで、日本のほぼ全域に生息。山奥ではありません。住宅街の庭、公園の街路樹、ベランダのすぐ外──あなたが明日、実際に聞ける鳥です。

この鳥の鳴き声を、研究者は200パターン以上記録しています。さえずりの美しさで知られる鳥は他にもいますが、シジュウカラが特別なのは、その一つひとつに意味が割り当てられていることでした。
実験①:「ジャージャー」の正体(PNAS 2018)
シジュウカラには、ある特定の場面でしか使わない、しわがれた鳴き声があります。「ジャージャー」。この声は、他のどんな場面でも発せられません。
問題は、それが何を意味しているかをどう証明するか。鳥に「今の、どういう意味?」と聞くことはできません。
そこで鈴木博士が考え出したのが、次の実験でした。木の幹や地面に、一本の小枝をゆっくり這わせる。ただの枝です。
普段、シジュウカラは枝を枝としか思いません。当然です。ところが、その枝を動かしながら「ジャージャー」を録音再生すると、シジュウカラはその枝に近づいていきました。地面を這わせた実験では12羽のうち10羽が接近。他の鳴き声を流したときには、この反応は起きません。
なぜ、ただの枝に近づいたのか。その鳥の頭の中に、枝ではない何かの姿が浮かんでいたからです。
答えは、ヘビ。天敵であるアオダイショウを見つけたときの声です。「ジャージャー」と聞いた瞬間、シジュウカラの頭には細長いものがくねくねと這う映像が浮かぶ。だから、地面を這う枝を見て「これか」と確認しに行った──私たちが「リンゴ」と聞いて赤い果物を思い浮かべるのと、同じことをしているわけです。
言葉から対象をイメージする──この能力がヒト以外の動物で確かめられたのは、このときが初めてでした(Suzuki 2018 PNAS)。
実験②:文法の発見(Nature Communications 2016)

シジュウカラには、他にもこんな単語があります。
- ピーツピ = 警戒しろ
- ヂヂヂヂ = 集まれ
そしてシジュウカラは、この二つをつなげて鳴くことがあります。
「ピーツピ・ヂヂヂヂ」=警戒しながら集まれ。
単語をつなげて、より複雑な意味を作っている。これは文法と呼ぶべきものではないか──とはいえ、これも証明が必要です。
鈴木博士はここでも、実にシンプルで決定的な実験を行いました。順番をひっくり返すのです。
「ピーツピ・ヂヂヂヂ」ではなく、「ヂヂヂヂ・ピーツピ」。含まれている音はまったく同じ、長さも同じ、違うのは並び順だけ。もし彼らが「音が聞こえたから反応する」だけの生き物なら、順番は関係ないはずです。
結果は、動きませんでした。正しい順番で流したときには警戒しながら集まってきた鳥たちが、順番を入れ替えただけで反応を示さなくなった。
これが意味するところははっきりしています。シジュウカラは、音を音として聞いているのではない。並び順のルールに従って、文として理解している。私たちが「犬が人を噛んだ」と「人が犬を噛んだ」を区別するのと、同じ構造です。
2016年、この成果は国際科学誌Nature Communicationsに発表され、世界中の研究者を驚かせました(Suzuki, Wheatcroft & Griesser 2016)。言葉と文法は人間だけのもの──その常識が、日本の森でひっくり返った瞬間でした。
実験③:翼のジェスチャー(Current Biology 2024)
2024年、鈴木博士のチームはさらに驚くべきものを見つけます。舞台は長野県の森。巣箱で子育てをしているシジュウカラの夫婦8組を観察していたときのことです。
親鳥がエサを持って巣に戻ると、時々、パートナーの前で翼を細かく震わせる仕草を見せる。しかもそのあと、必ず相手が先に巣に入る──偶然ではなく、はっきりしたパターンでした。
翼を震わせる仕草は、明らかに「お先にどうぞ」の意味を伝えていた。声ではなく、体の動きで、相手の行動を促す──これは人間の身振り手振り(ジェスチャー言語)と同じ構造です。
Current Biology誌に発表されたこの発見は、動物のコミュニケーションが「音声」だけでなく「身体表現」まで拡張していることを示しました。
明日の散歩が変わる

シジュウカラの言葉は、外国語よりも身近な場所で話されています。あなたが明日、公園を歩いているとき、聞こえてくる「ピーツピ」は、警戒の合図。「ジャージャー」が聞こえたら、近くにヘビがいるかもしれません。
鈴木博士の研究は、光村図書『中学校国語1』(2021年度〜)に「言葉をもつ鳥、シジュウカラ」として掲載されています。日本の中学生が国語の教科書で読む題材が、実は世界の動物言語学を書き換えた歴史的発見だったのです。
動画でも解説しています
この研究の全容を、YouTubeチャンネル「いきもの謎解き図鑑」の本編動画(約9分)でも紹介しています。実験の映像イメージや鳴き声の再現とともに、鈴木博士がどうやって「鳥の言葉」を解読していったかを丁寧に追いかけました。
主な参考文献
- Suzuki, T. N. (2018). “Alarm calls evoke a visual search image of a predator in birds.” Proceedings of the National Academy of Sciences.
- Suzuki, T. N., Wheatcroft, D., & Griesser, M. (2016). “Experimental evidence for compositional syntax in bird calls.” Nature Communications.
- 東京大学先端科学技術研究センター プレスリリース(2024-03-25)
- 光村図書『中学校国語1』(2021年度〜)「言葉をもつ鳥、シジュウカラ」
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参考文献・出典
- 東京大学 鈴木俊貴 准教授研究室
- Nature Communications (2016) Compositional syntax in a bird
- PNAS (2020) Great tit alarm calls compositional
- BBC Science Focus – Bird language research
※本記事は上記の一次資料に基づき編集しています。誤り・追加のご指摘はお問い合わせフォームからご連絡ください。
編集部の考察:『言語』の定義を、動物研究が塗り替えていく現場
シジュウカラが単語と文法を持つという鈴木俊貴博士の研究成果は、編集部にとって「動物研究が言語学の定義そのものを更新しつつある」歴史的瞬間の記録です。20世紀まで、言語は人間固有の能力とされ、動物のコミュニケーションは「シグナル」に留まると考えられていました。しかしシジュウカラの警戒音(ジャージャー・ピーツピ・ヒヒヒなど)が、意味を持つ単語であり、順序を入れ替えると意味が変わる(文法性)ことが実験で確認された。この発見は、言語の生物学的起源・進化の理解を根本から変えつつあります。同様の発見は霊長類・イルカ・オウム類でも報告が続いており、「動物言語学」という新分野が形成されつつあります。本メディアはこうした学問の胎動を、日本語圏で最速で紹介することを目標の一つにしています。研究者の名前と共に、その業績を尊重して伝えることも重要な役割だと考えています。
この記事を書くにあたって
本記事の執筆にあたり、いきもの謎解き図鑑編集部は以下の資料を精査しました。動物学の分野は日々進歩するため、公開後も新研究が出た場合は追記・訂正を行います。誤りのご指摘はお問い合わせフォームからいただければ幸いです。
- Suzuki (2016) Nature Communications シジュウカラ言語研究
- Suzuki et al. (2020) 統語論研究
- 京都大学野生動物研究センター
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